死因は?元横綱・双羽黒 北尾光司さん亡くなる

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訃報が続きます。
しかし亡くなったのは2月10日とのことです。

なんと55歳の若さです。

死因は慢性腎不全です。

不摂生や運動不足が原因というイメージがありますが、双羽黒は相撲取り時代からレスラー体型でした。

私の祖父も腎臓病で亡くなりましたが、晩年までは虫歯1本無い健康体でした。
遺伝も原因のひとつと聞いたことがあります。

双羽黒について、少し振り返ってみます。

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ショーケンに並ぶ破天荒な人物だったというイメージがあります。
しかし彼についてはほとんど知りません。

双羽黒については、横綱ではあるもののトラブルメーカーらしいということくらいしか知りませんでした。

調べたところ、なんと1度も優勝せずに横綱になっています。
そして横綱昇進後も優勝することなく廃業してしまいました。

千代の富士の全盛期と重なっています。

あと小錦です。
小錦は横綱になれませんでしたが、タレント性があったのでよく覚えています。

双羽黒事件とは

トラブルが多すぎてどれを指すのか分かりませんが、おそらく横綱廃業の件を指すのではないでしょうか

1987年12月27日、立浪との若い衆に関する意見の対立から部屋を脱走、そのまま「(破門同然の)廃業」という事態になった 。

発端は、同日の夜に部屋の若い衆が「『あんなちゃんこが食えるか』と横綱(双羽黒)が言っている」と立浪に言いつけたことだった。

立浪の主張によれば、ちゃんこの味付けについて立浪と大喧嘩した北尾は、仲裁に入った女将を突き飛ばし、「二度と戻らない」と言って部屋を出て行ったという。

双羽黒の主張では、味の問題ではなく、料理もできない若い衆に指導しろと言いたかったようです。
また女将への暴力は断固否定しています。

部屋を出て行った双羽黒は都内のマンションの一室に籠城していたが、武隈が居場所を見つけて部屋に戻るように説得するも失敗、その間に立浪が協会へ双羽黒の廃業届を提出した。

この事態を受け、同年12月31日に緊急理事会が開かれ、双羽黒の廃業届を受理することを正式決定した

親方の対応にも問題があったようにも思えますが、廃業後も様々なトラブルを起こしています。

レスラー時代はヒールだったようです。
所属も点々としています。

しかし晩年は各界に復帰し、後進の指導にあたっていました。

ご冥福をお祈りいたします。

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