ノーベル賞受賞の本庶佑先生と小野薬品工業との関係は?

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本庶佑先生は、私の高校の先輩です。
私は転校したため1年しか通っていませんが、先生は山口県立宇部高等学校を卒業されました。

ノーベル生理学・医学賞の受賞、おめでとうございます。

ただ受賞当初、小野薬品を批判するような発言があったことが気になりました。
おめでたい話の中で、少し大人げないとも感じました。

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受賞会見での発言

小野薬品は本庶先生の研究をもとに、がん治療薬「オプジーボ」を開発し、販売してきました。

受賞決定を受けて、

「(本庶氏と)共同研究を実施することができた巡り合わせに感謝しています」

というコメントを発表しました。

しかし同日の受賞会見で、本庶先生は

「この研究に関して、小野薬品は全く貢献していません」

とコメントしています。

最近読んだ新聞記事

先日新聞で本庶先生の特集記事を読みました。

それによると小野薬品に対しては、手柄を横取りされたように感じているのではないかと思いました。

話は政府の予算の使い方から始まります。

本庶先生は、研究者には予算だけ与えて、何をするかは任せて自由にさせるべきだとの考えです。

そうしなければ、画期的なもの、まったく新しいものは生まれてこないということです。

今の予算のつけ方は、細かく指示を出して、成果を出させることにこだわりすぎているようです。
金は出すが口は出さないというのは難しいのかもしれませんが、そこは公金なのでもっと視野を広く持って考えてほしいです。
担当の役人の手柄など小さな話です。

民間企業も、研究がほぼ完成した状態にならないと、カネを出したがらないようです。

種をいくつか撒いて、いくつか芽吹いてきたら、それが芽の段階から投資するべきで、
完全に実になってからでないとカネを出さない民間企業のあり方を、強く批判していました。

過去の研究について

その新聞記事とは別に調べてみました。

大学では行うのは難しい抗体の作製を、小野薬品に持ちかけたところ、断られたことがあったそうです。
小野薬品はがんの薬を扱ったことがなかったので、様々な製薬企業に共同研究を申し込んだのですが、
それも全部断られてしまったそうです。

そこでアメリカのベンチャー企業に話を持ちかけたところ、1時間の協議でやると決まりました。
条件として小野薬品の権利の放棄を要求されたので、それを小野薬品に伝えました。

するとちょっと待てと言われ、3か月後に小野薬品がやることになったそうです。

この段階で翻すのも問題ですが、1時間で受けると決めたアメリカ企業と比べて、
日本企業の返事が3か月かかったというのは、いかにも長いです。

そしてその研究で出した特許が別のアメリカ企業の目に留まり、共同研究を持ちかけられました。
それからどんどん研究が進んでいったそうです。

アメリカと比べて日本の企業の見る目がないことは、熊野の化粧筆の話などでも聞いたことがありました。

能力がないのはやむを得ないことです。
それならせめて、成果から得たカネくらい気持ちよく出してほしいと思います。

基金設立について

新聞記事には、賞金を元に基金を設立するとの話も出ていました。

ところがそれに関して、弁護士を立てた対立に発展しているようです。

本庶先生は基金にオプジーボの売り上げの一部を寄付するように求めたのですが、小野薬品が渋ったからだそうです。

オプジーボは2017年度、国内だけでも900億円を売り上げました。
今年3月には、業界内で”オプジーボビル”と呼ばれる東京ビルを竣工しました。

まとめ

青色発光ダイオードでノーベル物理学賞を受賞した中村修二先生の著書を、
受賞当時に読んだことがありました。

この時も企業との胸糞悪いエピソードがありました。
訴訟にもなっていました。
中村先生は今はアメリカで好待遇で活躍されているそうです。

本庶先生の話にもアメリカが出てきました。
今回のようなことになるなら、最初から日本の企業なんかと組まなければよかったかもしれませんね。

高校の先輩ということもあるので、親近感を持っています。
もし著書が出れば、読んでみたいと思っています。

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