商業捕鯨はなぜ必要か 独断と受け売りで語ります

平素クジラを食べることもないのに、外国の反対を押し切ってまで、なぜ捕鯨を行おうとするのか。
そこにメリットや必要性はあるのか。

IWC脱退の件で、このような疑問を多く見かけるようになりました。

国も明確には見解を表していないようです。

なぜ捕鯨を行なうか。
その理由は一つとは限りません。

ここでは自分の考えをまとめるために書き出していきます。
他者の受け売りであっても、自分で納得いくものであればそれも含めます。

参考になれば幸いです。

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1.多様性を守るため

「多様性」という言葉は、実はあまり好きではありません。

過度な、あるいは非常識な要求を通すために用いられることが多いと感じるからです。
しかし適当な言葉が見当たらないので、ここではあえて使うことにします。

多様性とは、ここでは選択肢という意味です。
それは豊かさにつながると考えています。

例えるならば、売れ筋の品しか置いていない小売店のようなものです。
あなたはそれを、つまらないとは感じないでしょうか。

多様性を守りたいという気持ちは、自分が普段食べる食べないは関係ありません。
他の誰かでも楽しんで欲しいし、後世のためにも残したいと思います。

私の場合、近年の高騰で、うなぎの蒲焼を食べる機会が大きく減りました。
松茸などは、食べた記憶すらありません。

だからといってウナギや松茸を食べることを禁じられることになった場合、自分には関係無いではすまされない気持ちがあります。
外国に強制されるとなればなおさらです。

話は少し変わりますが、クジラ問題を初めて知った本ということで、漫画の『美味しんぼ』の話をします。

この漫画で一貫していたことの一つが、化学調味料の否定でした。

食材の味も風味も塗りつぶして、みんな同じにしてしまうものとして目の敵にしていました。
これを私は「化学調味料は食の多様性を損なわせるもの」と理解しました。


多様性の否定を、次は将棋で例えてみます。

これは相穴熊といいます。
将棋を知らなくても歪さは伝わる気がするのですが、どうでしょうか。

誰が指しても同じで、棋風という概念を失わせるという批判を読んだことがあります。

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食というものは文化であり、飢えを凌ぐだけのものではありません。

多様性なくして豊かさはあり得ないのです。

これまでは自分が食べるか食べないかという前提で書いてきましたが、食べる人の多い少ないも関係無いということもお分かりいただけたと思います。

どこかの捕鯨国、ノルウェーだったと思うのですが、クジラを食べるのは人口の1割程度しかいないそうです。
外国の後ろ盾があると言いたいのではなく、食べる人が少ないからといって文化を切り捨てることはしていないということを讃えたいのです。
日本もそうであってもらいたいです。

ここで反捕鯨国に妥協しても、余計に舐められるだけのことです。
自国の文化を捨てても何かの見返りを求めるということなのでしょうが、そんな国を誰が尊敬するのでしょう。

これが私の考える、捕鯨の必要性の第一の理由です。
誰に教えてもらったわけでもありません。

2.食料問題対策

今世紀半ばには、世界の人口が100億人を超すという予測もあります。
人口の増加に伴う食料の不足は、今後大きな課題となってくるでしょう。

農産物を育てるには、土地、肥料、水が必要です。

土地を確保するには、森林を伐採して平地を作る必要があります。

肥料は要は化石燃料を使って大気中の窒素を固定するものなので、いずれ枯渇します。

水の問題も『美味しんぼ』で扱っていたと思いますが、現状ですでに不足しています。

そして畜産は、こうして作られた穀物が餌として必要となります。
当然、水も必要です。

また、排水、排泄物の循環も考えなければなりません。
それらを行なうための施設も必要となります。

その点、捕鯨においてはそれらの心配は一切不要となります。

資源の循環が完結していて、海洋汚染も生じません。

乱獲にさえ気をつけて、調査に基づいて科学的に捕獲枠を決めれば、いつまでも持続可能な資源です。

これは大きな自然の恵みであります。
利用しない手はありません。

3.環境問題対策

調査捕鯨の必要性やメリットについて、もっと告知をするべきでしょう。

クジラだけでなく海水やオキアミなどのデータは、環境の変化を反映しています。
それらは資源管理だけでなく、地球温暖化対策に生かすことも出来ます。

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まとめ

反捕鯨国にこのような観点があるとは全く思えません。
IWC脱退は遅すぎたくらいです。

いつまでも話し合いを続けるという態度は良識があるように見えて、その実、自国民に対して不誠実だと考えます。

交渉が利権となっていたのではないかという批判もあったようです。
いずれにしても、時間と労力とカネをつぎ込んできたことに変わりはありません。

今後は捕鯨国による国際機関の設立を目指すことになるのでしょう。
真に良識を持つ者たちの機関において、存分に話し合いをして欲しいものです。

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国が捕鯨の必要性を示していない、と最初に書きましたが、示す必要はないとも言えます。

好きなものを食べるのに、必要性を示す必要はありません。

外国が反対していなければ、そもそもそんな疑問すら持たなかったはずです。
あまりにも外国に対して卑屈すぎます。

刺し身や醤油や生卵など、これらは食べるなとまでは言わなかったものの、白人は何かと難癖をつけてきていました。

疑問を持つならば、自分たちのやっていることは棚に上げて外国の文化に対して物申す、反捕鯨国のその傲慢さはどこから来るのか、でしょう。

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