羽生善治と大山康晴の勝数記録についての考察

羽生善治名人が大山康晴名人と並んで、勝数記録1位タイ、1433勝の記録を達成しました。
おめでとうございます。

勝数記録について、昔から思っていたことを書いていこうと思います。

羽生名人が大山名人の記録に追いつくたびに毎回言っていたことが、

「昔はタイトルの数が少なかったので、単純に比較はできない。」

というものでした。
(今回は言っていなかったようですが。)

今はタイトルの数が多いので星を稼ぎやすいと謙遜したのでしょう。
昔は3つしかなかったのですから。

ただスケジュールが過密になるので、その中で勝っていくのも大変だったと思います。
年間対局数の最多は米長邦雄だと思っていましたが、調べてみると羽生善治が抜いていました。
その数、89局です。

1年が50週ですから、毎週1局以上ということになります。
タイトル戦では移動も必要ですから、かなりきついはずです。

なお大山名人はベスト10にも入っていませんでした。

大山名人の記録達成の過程に関する疑問

羽生名人はずっと見てきたので、様々な記録の達成には理解できます。

疑問に思っていたのは、大山名人です。

タイトルも少ない時代、そして戦争にも駆り出されたような時代。
そんな中で、なぜあれほどの勝数記録が達成できたのでしょうか。

想像も交えながら、理由を探っていこうと思います。

勝星を積むには、当然ながら対局数が必要です。

しかし棋戦の数が少ない時代は、自ずと限界があります。

先ほどの年度対局数、そして年度勝数、
年度勝率、連勝記録、

いずれもベスト10に大山名人の名前はありません。

対局数が少ないのはやむを得ませんが、勝率がベスト10に入っていないというのは意外でした。

それでは一体どこで記録を勝ち星を稼いだのでしょうか。
羽生名人との違いはどこにあるのでしょう。

2点思い当たりました。

スポンサーリンク

ひとつが王将戦です。
獲得は20期ですが、連続登場の記録がでかいです。

なんと50期!となっています。

つまり奪取されても翌年挑戦者として、50年間連続出場しているのです。

羽生名人がデビューしてから、まだ30年くらいですよ。
この記録は意外と知られていないのではないでしょうか。
羽生名人の王座戦登場も相当長かったですが、それでも連続23期です。

王座戦は5番勝負ですが、王将戦は7番勝負です。
この差も大きいでしょう。

もう一つは王将戦の件とも重なるのですが、長期に渡って活躍を続けていたことです。

高齢になっても、という意味です。
生涯A級、66歳タイトル挑戦などは有名です。

羽生名人は今48歳ですが、大山名人がその年齢の時点での勝数記録はよく分かりません。
しかしそこからまだ20年活躍できたために、勝ち星を積むことが出来たのでしょう。

スポンサーリンク

そのあたり時代が変わってきています。
大山名人だけでなく、当時は長く活躍できる時代でした。
無論当人も頑張ったはずですが。

加藤一二三、有吉道夫、花村元司は、60歳でもA級に在籍していました。

一方現在はピークが短くなってきています。

永世名人である中原誠が、52歳でA級を陥落した頃から感じるようになりました。
谷川浩司も52歳、森内俊之は46歳です。

羽生名人のこれからの目標は、A級連続在籍記録の更新だと思います。
今のところはリーグ戦で大きい勝ち越しが続いているので、まだまだやれるでしょう。

それとタイトル100期ですね。
これからは挑戦者になるのも大変になってくるかと思いますが。

中年の星として頑張って欲しいです。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする